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うしおばさんの雑記帳

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牛後俳句とエッセイ(第18回)蝦夷梅雨の馬具は革へと戻りたき

蝦夷梅雨の馬具は革へと戻りたき  鈴木牛後

(えぞつゆのばぐはかわへともどりたき)



牧草収穫が始められません。


北海道には梅雨がなかったはずなのに、このところの異常気象のひとつなのでしょうか、最近6月7月に雨が多いのです。

本来は、本州以南が梅雨入りし梅雨前線が本州上空に停滞すると、北海道には高気圧が張り出しずっと晴れが続くのです。


その6月が一番牧草の収穫シーズンとなるのですが、ここ何年かおかしな事になっています。

特に去年はひどかった。

本当に蝦夷梅雨そのものでした。6月から7月初めまで雨が続き、牧草収穫が始められませんでした。

牧草は、6月の気温で4日間、30℃以上の気温だと3日間、晴れが続かないと乾草になりません。ラップフィルムで巻く場合は水分があってもいいのですが、それでも全然乾いてないととても重たいロールになってしまうので(転がすのに老体に鞭打つことになるので)、うちではなるべく乾燥させるためやはり晴れが続いて欲しいのです。

牧草は適期に刈らないと穂に花が咲きます。花が咲くと、茎が硬くなり栄養価が下がります。

去年は収穫適期をとうに過ぎてからじゃないと始められなかったので、そういう栄養価の低いごわごわした硬い牧草を大量に収穫してしまいました。しかも少し雨に当てて、ますます品質のよくない牧草になってしまったのです。

これを本来ならすぐに捨てるところですが、シーズン始めで今後どれくらい収穫できるか分からなかったので、保険のためにラップを巻いて取っておきました。

その後は順調に収穫できたので、保険の分の牧草はいらなくなりました。

そういう大量のゴミ牧草ロールが、今、ロール置き場に山積みになっています。

収穫するのに大量のラップフィルムと肥料代と燃料代をかけ労働して、捨てるのにまた労働しなければなりません。

朝の搾乳中にダンナの機嫌が悪くて口数が少ないので
「どうしたの?」と聞くと、

「なげる(捨てる)ラップ(牧草ロール)の事を考えると憂鬱で…」との事。

「あと何個くらいあるの?」

「100個以上ある」

「じゃあ、私も手伝うか?」

手伝いました。まだ終わっていませんが、そんなにたくさんはなかったです。

100個じゃないべや。まあオーバーな。

今年も今のところ雨の予報続きで、いつになったら牧草収穫が始められることやら。

蝦夷梅雨の牛の涎(よだれ)のやうな空  牛後

大虎杖(おおいたどり)倒して蝦夷梅雨の出口  牛後

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by usiobasan2016 | 2019-06-16 15:16 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第17回) 我が牧は四十町歩揚雲雀

我が牧は四十町歩揚雲雀  鈴木牛後


(わがまきはよんじっちょうぶあげひばり)

うちの牧場は、牛舎周りに40町歩の牧草地が広がっています。40町歩というのは40haのことで、40haというのは40万㎡で、132万坪で、東京ドーム8.5個分です。

採草専用の離れ地も含めると牧草地は全部で60haありますが、牛舎から牛が歩いて行ける放牧地だけで40haあります。

牛を飼うには1頭につき1ha必要と言われていて、うちは放牧している親牛が約40頭いるので十分すぎる面積です。とても広いと思われるかもしれませんが、これは北海道では中規模の部類に入ります。

電気牧柵の外周は約5kmで、牧柵の修理や牛を迎えに行く時は、車で行きます。林があり丘があり小川も流れています。

放牧地にはエゾヤマザクラやキタコブシが咲き、エゾエンゴサクの大群落があります。自宅リビングに居ながら色々な声も聞けます。春はエゾアカガエルから始まり、ウグイス、ヒバリ、カッコウ、ツツドリ、クマゲラ、エゾハルゼミ、キリギリス、カンタン。野生動物は、エゾユキウサギ、エゾリス、キタキツネもエゾシカも住んでいます。(害獣もいるので喜んでばかりではいられませんが)

子供の頃から田舎に住みたかった私は、この土地に就農できることになった時は夢のようだと喜びました。雑木林を間伐して林間放牧がしたいとか、就農する前は色々やりたい事がありました。

ここまで読んでうらやましいと思いましたか?

では、実態をお話します。

就農した後の現実は厳しかったです。ゼロからのスタートだったので、やるべき仕事が山積みで忙しすぎて、田舎暮らしを楽しむ余裕はほとんどありませんでした。これだけ広い土地ですから、夫婦2人の労働力には限界がありました。

1年の半分が雪で、残り半分のうちの半分が牧草収穫で、その半分のうちの半分が牛や機械や放牧地のトラブルで、それでなくても毎日朝晩の牛舎仕事と家事と事務仕事がありました。子供達がいた頃は子供の行事と部活の応援と送り迎えがあり、ここ10年はダンナが俳句のイベントに時々出かけたり。

そうこうしているうちに20年近く経ってしまいました。台風で倒れた木を薪にしようと思っていたのにすっかり朽ち果てて放牧地のあちこちに転がっています。間伐する暇もないから林の中は細い木ばかりになり、勝手に生えてきた木はいつの間にか余計な場所で大木になり、牛が行かない急傾斜の放牧地には、3mにもなるイタドリ(雑草)が生えてるし、クマザサははびこってるし、電気牧柵も隠れて見えないような荒れた放牧地になってしまいました。

でも展望だけは良いんですよ。放牧地のてっぺんの丘からは市街地が一望できます。

大阪の高校からの友人は「同級生の中で一番広い土地を持ってるんちゃう?」と言います。ええ。おそらくそうでしょう。

「自宅の敷地内に野鳥や野生動物が住んでて林があって小川が流れてて街が一望できるねん」と自慢したいところですが、実際は手が回らなくて(少々)荒れているわが牧場です。

それぞれの青を雲雀と風と牛  牛後

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by usiobasan2016 | 2019-06-09 11:42 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第16回)牛死せり片眼は蒲公英に触れて

牛死せり片眼は蒲公英に触れて  鈴木牛後

(うししせりかためはたんぽぽにふれて)

牛の死は慣れます。

喜びも悲しみも恋愛も3年経ったら慣れる(さめる)といわれていますが、牛の死もそうです。もともと経済動物で仕事で飼っているところに、1年に10頭前後入れ替えるので、慣れます。(そのほとんどが肉用として、歩いて家畜車に乗り売られていくのですが)

牛が好きで酪農で新規就農したような人は、可愛がっているので気持ちの整理が大変そうですが。これも人によりけりですね。

さて、うちでは放牧地から牛を牛舎に入れたら必ず数を数えます。数が合っているとその日の搾乳が順調に始まるのですが、合わないとそれからが搾乳前のひと仕事です。

2、3頭戻ってこないのは、まだ残って草を食っているのだと安心していますが、1頭だけ戻って来ないと、とっても嫌な気持ちになります。牛は群れで行動する動物なので、1頭だけ戻って来ないというのは、何かのっぴきならない事情が出来たからなのです。

放牧地へ牛を迎えに行くのですが、見つけなきゃならないのに、発見したいようなしたくないような気分で、ずっとドキドキしています。

今まであったのは、杭や木に首のチェーンが引っかかって取れなくなって置いて行かれた。

草を食って歩いているうちに、ひょんなことで隣の牧区に入ってしまって出られなくなった。

放牧地で仔牛が生まれてしまい、仔牛から離れられない、というようなことでした。

あるいは、何も原因がないのに1頭ぽつんと残って草を食っていて帰って来ない。(たまにこういう変人ならぬ変牛がいますが、こういう牛は放牧に向かないので売ってしまいます)

足を痛めてしまって皆と同じ速度では歩いて帰って来れない、ということもありました。(この牛は人間が付き添ってゆっくり山を降りて連れて帰りましたが、1時間以上かかりました)

放牧地で分娩後の起立不能(腰抜け)になってしまっていたことなども。(獣医さんに放牧地まで出張してもらい治療してもらいました)

そして、放牧地での突然死です。

これを見つけた時は、いくら慣れているといってもショックでした。

朝まで元気だったからです。

良い牛でした。気性も穏やかで癖がなく、体型も乳房の大きさも丁度良く、乳頭の配置と大きさが搾乳しやすい牛でした。こういうのは娘牛に遺伝するので、「これからこの牛の子孫をたくさん増やしていこうね~」とダンナと話していたところでした。

結局、原因は分かりませんでした。

たまにはこういうことがあるんだと覚悟し、諦めました。

今でも毎朝毎夕、牛の数を数えていますが、数が合っているとほっとします。

永き日やばふうと深き牛の息  牛後

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by usiobasan2016 | 2019-06-02 12:20 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第15回) 星の鳴る夜空だ遅霜は来るか

星の鳴る夜空だ遅霜は来るか  鈴木牛後

(ほしのなるよぞらだおそじもはくるか)

農家になって覚えたのは「諦める」ということでした。

相手にしているのが自然や天候というあまりにも大きくて人知を超えたものなので、もうなすすべがない、諦めるしかない状況に何度も遭遇しました。

同じトラブルでも努力で何とか出来るものは頑張ります。例えば機械が壊れて搾乳できないとかだったら機械の修理に全力を注ぎますが、牧草を刈り取って、乾かして、明日ロールにするという日の夜に天気が急変して土砂降りになったら、これはもう諦めるしかない。

あと遊びに行く計画なんかも、天候と動物が相手の仕事なので、何かトラブルがあれば諦めます。じたばたしてもしょうがない、飢え死にしなければいいや、くらいの気持ちでいなければ農家はやっていけないのではないかと思います。

去年の大停電の時もそうでした。

発電機を借りるとか、沢に水を汲みに行って牛にやるとか、どうにか出来そうな事は頑張りましたが、乳業メーカーが止まってしまって牛乳の受け入れが停止になって廃棄せざるをえないとか、どうにもならないこともたくさんありました。そんな時、悲しみも怒りも湧いてこないし、誰かの責任も追及しないし、ただ諦めました。諦めるのが癖になっているのですね。

さて、農家になって覚えたことは他にもあります。「春はうぐいすの鳴く頃に畑をおこすんだよ。カッコウが鳴いたら豆を蒔くんだよ」と、近所の農家のおばあちゃんに教わりました。(カッコウが鳴くともう霜が下りないと言われていて、露地に種を蒔いても大丈夫らしいです。だからカッコウの初鳴きはとても感慨深いです)

そして苗ものの定植は小学校の運動会の頃(北海道では小学校の運動会が6月にあります)、漬物用の大根の種を蒔くのは、8月の神社祭の頃です。

こういう農作業の目安が、自然の鳥の声や地域の行事を基準にしている事が面白いです。おばあちゃんに教わった通りに畑にものを植えていると、私も地面に根っ子を下ろして暮らしているここらの人と、同じように生活できているような気分になってうれしくなります。

その他にも、野菜の作り方からつるもの野菜の誘引の仕方、冬のつらら落としの命綱のかけ方から冬野菜の保存方法など、みんな近所の昔からこの田舎に住んでいる人たちに聞いて実践しています。田舎の知恵です。そういう話を聞くのは面白いです。

牛糞の苦さを漱ぐリラの風  牛後

これからの季節、5月下旬から6月、7月までの気候は爽やかで、北海道が世界中で一番過ごしやすいところになります。これがあるから、半年の厳しい冬が耐えられるのです。北海道で暮らしていけるのです。

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by usiobasan2016 | 2019-05-26 21:49 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第14回) 牧開き牛を荒息ごと放つ

牧開き牛を荒息ごと放つ  鈴木牛後


(まきびらきうしをあらいきごとはなつ)

「牧開き」というとのんびりした響きですが、実際の放牧初日はそんなものではなく、バタバタです。

放牧初日。出す準備に出入り口の片づけを始めるともう牛たちの咆哮が牛舎に響き始めます。悲鳴のような鳴き声です。

ああ、うるさいと思いながら準備を終わらせ、いざ牛を放そうとすると、放牧行きたさに牛の気がせいてチェーンをひっぱるひっぱる。で、ナスカンをなかなか外せなくて指を挟んだりして、ダンナの怒鳴り声が響き、やっと放すと、半年の繋ぎ飼いで足腰が弱りよろよろと、こけつまろびつしながらも走る牛、転ぶ牛、逆走する牛。

放牧地に行っても、疾走して端まで行き、また牛舎に走り戻り、あっちこっち牛同士でどつきあいをし、土に体をなすりつけ、興奮の限りを尽くします。

牛舎は牛舎で、分娩が近いからとお留守番になった牛が自分も出せと鳴き叫び、最初は出してもらえない放牧未経験の若牛も何だか分からないけど鳴き叫び。それが初日です。


残さるる鎖の重さ牧開き 牛後


そんなこんなで混乱を極める初日ですが、2日目になるともうみんな落ち着いて放牧に出かけます。たった1日で、牛も人間も半年前の記憶を取り戻すのですね。


さて初産牛は、育成のとき公共の預託牧場で放牧経験はあるのですが、公共牧場は出しっぱなしです。でも搾乳牛は朝と夕方1日2回、牛舎に帰って乳を搾られなければならなりません。この1日2回の出し入れに慣らすのがなかなか大変なのです。

未経験牛は毎年10頭前後いて、全部いっぺんに出すと収拾がつかなくなるので、1日2~3頭ずつ出します。そして、その2~3頭が慣れると次の牛を出す、というふうにだんだん増やしてゆくのですが、これがなかなか時間がかかります。

でも、就農当初の全頭初産牛で全頭放牧未経験の時と違って、ベテランのお姉さん達に少しずつ混ぜていくのは楽なもんです。人間が躾けなくてもお姉さんが、どうしたらいいか分からなくてオロオロしている若牛を、どついて躾けてくれますから。

そして放牧もいきなり全て始めるのではなく、慣らし放牧といって時間放牧をし、そして昼間だけ出し、最後に昼も夜も出すというふうに段階を踏んでいきますから、なかなか時間がかかります。

放牧で本当に楽になるのは、全頭が出し入れに慣れて昼夜放牧になった頃ですが、その時期になると今度は牧草収穫が始まります。

花を見ぬ牛と花見をしてをりぬ 牛後

初花の下を下向く牛の群 牛後

道北地方の桜が開花するのは5月10日前後ですが、放牧開始がこれに間に合うと、桜と放牧のコラボした風景が見られます。

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by usiobasan2016 | 2019-05-19 15:33 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第13回) 牧開き空と牧とはちがふ青

牧開き空と牧とはちがふ青  鈴木牛後


(まきびらきそらとまきとはちがうあお)

「楽でもうかる酪農をやろう」


今から22年前にダンナが私に言った言葉です。

私は農家になりたくて大阪から北海道に渡りましたが、野菜農家になりたかったのです。酪農での就農は全く考えていませんでした。それは、とてもきつくて辛い仕事じゃないかと思っていたのが理由です。

でもダンナは、「放牧して生産コストを低く抑えれば、楽でもうかる酪農も夢じゃない」と言ったのです。そして「野菜農家は農繁期は本当に休みがないよ。その点、酪農家には今はヘルパー制度があって休めるし、冬にも出稼ぎに行かなくていいし、それに放牧は楽なんだよ」と続けました。

そうか放牧は楽なのか。

………だまされました。

今でこそ楽な部分もありますが、就農当初は40頭の初産牛がほとんど放牧未経験で、放牧に行かないし帰って来ない。席から出ないし席に入らない。脱柵はするし行っても草を食べないで鳴いてばかりいる。人間が要領が悪ければ牛も要領が悪く、経験もなければ知恵もなく、力任せと全力疾走という日々でした。

放牧のマニュアル本では慣れるのに数ヶ月と書いてありましたが、うちでは本当にスムーズに放牧できるようになるのに3年かかりました。

でも、今ではそんな苦労も昔話になりました。
「楽でもうかる」というのはひとまず置いといて、放牧はやはり良いものです。山の斜面を牛を追って上り下りするのはアルプスの少女ハイジになったようで気分が良いし、市街地が一望できる頂上からの景色は最高です。牛を迎えに行くと、ひんやりした朝の空気の中、眼下に雲海が広がっているのが見えたり朝日が昇ってくる瞬間が見られたり、夕日の美しさにうっとりしたり…。

さっきは、ダンナにだまされたと言いましたが、牛を追って山を下っていると「やっぱりこの仕事が好きだな。放牧が好きだな」と思っている自分に気が付きます。

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by usiobasan2016 | 2019-05-12 10:06 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第12回) 草青むはやさに歩む牧支度

草青むはやさに歩む牧支度  鈴木牛後

(くさあおむはやさにあゆむまきじたく)

ゴールデンウィークは仕事です。いや、ゴールデンウィークこそ働きます!だって、やっと春になったんですもん。

4月下旬になると残雪もほとんどなくなり、畑の土も乾いてきてトラクターで入れるようになります。いよいよ春の農繁期突入です。

ダンナはまず尿散布、肥料散布に出ます。それが終わるのを待ってから放牧地の電気牧柵を張っていては間に合わないので、ダンナのトラクター作業と平行して、私が一人で電牧張りをしています。

北海道では5月の終わりくらいになると、スプリングフラッシュといって牧草が爆発的に伸びます。そうなってからではもう牛は放牧草を食べません。(不思議なことに長く伸びた草も刈り取って乾かせば食べるのですが、地面から生えている状態では長くなると食べないのです)

この、いかに短くて栄養のある放牧草をたくさん牛に食べさせるか。これが放牧酪農で稼ぐ勝負なのです。
だからどんどん伸びる草に追い立てられるように、焦って電牧を張っていきます。

うちは戦後開拓の農家の跡地に就農したのですが、戦後開拓が条件不利地しか残っていなかった事はテレビなどでご存知かと思います。つまり平らな土地がほとんどないのです。全部の放牧地が山と呼んでいいくらいの傾斜地です。しかも40haもありますから電牧の外周は5kmにもなります。車で行けないほどの斜面なので歩いて周ります。何か忘れ物をしても山坂越えて家まで取りに戻るのが大変ですから(しかも一人だし)必要な全ての工具と補修用の部品を背中のリュックに背負って歩きます。猛烈な笹薮や雑木林の中の背丈よりも高い雑草をこぎながら張っていきます。

この頃になると日中プラス20℃近くまで気温が上がる事もあるのですが、半袖などの軽装では行けません。上下ヤッケに首にはしっかりタオルを巻いて帽子手袋。素肌は出しません。ダニ対策です。ダニは木の幹の上で何か生き物が通りかかるのをひたすら待っていて、生き物が通るとここぞとばかりに狙って落ちるそうです。首なんか出してたら背中から入られます。

春のぽかぽか陽気の中ウグイスの声を聞き、完全防備で暑さにふぅふぅ、背中に重装備を背負ってふぅふぅ、急斜面の藪こぎでふぅふぅ。

これがうちの電牧張りスタイルです。

この全長5kmの道程の終点近く、電牧張りももうすぐ終わるとほっとして角を曲がると、今まで笹薮だったのに、突然目の前にエゾエンゴサクのお花畑が広がります。それは見事です。ゴールデンウィークにどこにも行かないけど、この景色はひとり占めです。みんなは混雑した行楽地に出かけてるんだよな、ふふ、とか思って一息つき座って眺めるのが毎年の楽しみです。

さて、今は私一人で張っていますが、子供達が家にいた頃は、学校が休みのゴールデンウィークは格好の農作業シーズンでした。

朝ドラのヒロインと違い、子供は自分からは喜んで働きませんから、お小遣いとお寿司をエサに手伝わせました。

「全部張り終わったら、回転寿司行くよ!」

「お皿の色は気にしなくていいよ!」
大盤振る舞いでしたね。

杭打つて山の眠りを覚ましけり 牛後

大体張り終わったら、杭の抜けているところとか、問題のある箇所をダンナが直していきます。

牛糞を蹴ればほこんと春の土 牛後

放牧地の中にエゾヤマザクラの木があります。桜が咲くのが先か電牧を張り終わるのが先か。桜を見ながら電牧を張っている年もあり、放牧している牛の後ろで桜が咲いている年もありといろいろですが、いずれにせよゴールデンウィークのあいだには、道北地方に桜前線は到達していません。

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by usiobasan2016 | 2019-05-05 11:32 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(お休み)

本日のエッセイは、お休みします。

ゴールデンウィークは、まったく関係ないのですが、自宅のリフォーム工事をしていて、その音が予想以上に賑やかで、落ち着いて書き物が出来ないのです。

来週は投稿する予定です。
もしよろしければ、来週またのぞきに来て下さい。


by usiobasan2016 | 2019-04-28 12:06 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第11回) 牛乳に溶く春光の五千粒

牛乳に溶く春光の五千粒  鈴木牛後

(ぎゅうにゅうにとくしゅんこうのごせんつぶ)

就農して最初に自分で搾った牛乳を飲んだときの感想を書こうと思いましたが、なんせ20年ほど前なので忘れてしまいました。

代わりにダンナに聞きました。

「うちの牛乳の味はどう?」

「まろやかで雑味がないよ」

だそうです。

我が家では毎朝、自分で搾った牛乳を飲んでいます。朝の牛舎仕事の終わりにバルククーラー(牛乳を冷やして貯蔵しておくタンク)から直接、麦茶用のポットに汲んできます。

市販の牛乳と搾りたて牛乳の一番の違いは、搾りたての方はノンホモジナイズでノンパスチャライズだということです。

ノンホモジナイズというのは、脂肪球の粉砕をしていないということ。「ノンホモ牛乳」として市販されているのを見たことはありませんか?脂肪球を砕いていないので、時間が経つとクリームが浮いてきます。(友人にわざと分離させてコーヒーに入れているという人がいました)このクリームをビンに入れて一生懸命振るとバターになります。

ノンパスチャライズというのは、殺菌していないということ。市販の牛乳のほとんどは、低温、高温、超高温の違いはあれ、殺菌してあります。低温殺菌だと生乳とそんなに味に違いがないようですが、超高温殺菌は(この殺菌方法のない)欧米人が飲むと、焦げ臭いと感じると聞いたことがあります。

今回のエッセイを書くにあたり改めて自分達でも確かめてみようと、先日スーパーで低温殺菌、超高温殺菌の牛乳を買ってきて、これらとうちの牛乳の3つを飲み比べてみました。結果は、私たち夫婦の鈍感な味覚では、超高温殺菌の牛乳もうちの牛乳もそれほど味に違いを感じませんでしたし、別に焦げ臭くもありませんでした。ただうちの牛乳は他のに比べてあっさりしていて、さらっとした感じでした。あまり牛乳臭くなくて飲みやすかったです。

さて、うちでは朝汲んできた牛乳を何の処理もせず、そのまま飲んでいます。(冬は寒いのでレンチンします。これが殺菌になっているかも知れませんが)でも夏はそのまま飲みます。殺菌しなくて大丈夫かと言われそうですが、人体実験の結果、汲んでから4日目までは大丈夫でした(冷蔵庫保存)。なので、きっちり4日分計って汲んできます。(ポットに4日目のラインが書いてある)

本当は殺菌して飲む方が良いそうなので、良い子はまねをしないでね。

そうは言っても、搾りたてをそのまま飲むことができるのが、酪農家になった醍醐味ですよね。アニメ「アルプスの少女ハイジ」のように牛の股に顔を突っ込んで搾りたてを飲むなんてことはしませんよ。実際にそんな事をしたら、顔を蹴られて踏まれて恐ろしいことになるでしょう。あわわわわ。想像しただけで恐ろしい……。

ここここと牛乳注げば飛び散る春 牛後

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by usiobasan2016 | 2019-04-21 10:48 | 牛後俳句とエッセイ

牛後俳句とエッセイ(第10回) 仔牛の寒衣脱がせ裸と思ふ春

仔牛の寒衣脱がせ裸と思ふ春  鈴木牛後


(こうしのかんいぬがせはだかとおもうはる)



仔牛は生まれるとすぐに親牛から離されます。

馬や和牛は親馬(牛)が子供を育てますが、酪農は牛乳を出荷するのでいつまでも親の乳を仔牛に飲ませる訳にはいかないからです。ひとによっては、分娩房(分娩する部屋)で産ませて
1日くらい一緒につけていたり、鎖でつながれている親牛の顔のところに仔牛を持っていって舐めさせたりしますが、我が家では人間が立ち会って分娩した場合、すぐに離してオリに連れて行くのです。

生まれたての仔牛は羊水で濡れてブルブル震えています。それを藁やウエス(古布)でゴシゴシ拭きます。馬農家の奥さんから聞いたことがあるのですが、馬は親が子を育てるので、ウエスなんかで拭いて人間の臭いをつけてしまうと、親馬は子馬に触らなくなるそうです。

さて、拭いた後は真冬だととても寒いのでベストを着せます。大昔は餌の入っていた麻袋の上下を切って仔牛にかぶせたり、ちょっと前では百均の人間用の腹巻を縫って仔牛に着せたりしていたようですが、今我が家では酪農用品の会社が販売している、フリース素材で出来たバックル付きの毛布みたいなものを着せています。さすが酪農専用の製品はお値段も良いですが、品質や使い勝手も良いです。


4月に入っても外の気温がマイナス15℃(牛舎でプラス1℃くらい)になったりするので、まだ脱がせられません。脱がすのは本当の春。4月中旬から下旬。

脱がせると洗濯するのですが、真冬に牛舎で干したら、1ヶ月経っても乾きませんでした。だから少々臭うのを我慢して自宅で干しています。冬は自宅が牛舎臭くなってしまいます。

ちなみに、親牛でも仔牛でもそうですが、黒い牛は服を着てるように見え、白い牛は裸に見える時があります。

「この子裸じゃない?」とちょっと恥ずかしかったりします。ふふふ。変ですね。


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by usiobasan2016 | 2019-04-14 13:42 | 牛後俳句とエッセイ